カクラバ・ロビとチャンシー

 

私は2000年にカクラバ・ロビからザイロフォンの入門儀礼を正式にアクラの自宅の庭で受けた。
その時私の両の手とコギリと大地にピトという発酵酒を掛け注ぎ、「ザイロフォンはわしのものじゃない、祖先から続くものなのだ。」と、カクラバが言った言葉が、今も私は忘れられない。
10年修行の末2009年に私はいよいよインプロビゼーションの演奏活動を始めた。
伝統的なロビ族の曲ではなくインプロヴィゼーションを始めたのは何故か?
現在ロビのザイロフォン演奏には2通りのものがある。いわゆる普通の曲と、pireという喋りだ。
私の進むべき方向を、私はpireという喋りの木琴の向こう側に置いたのである。
もともとが、私のアフリカへの興味は精霊や魂という霊的アニミズムにあった。
最初から、コギリが葬式のザイロフォンで魂と霊と密接に関係していることは私の進むべき道を明らかにしてくれていた。
私はその意味ではミュージシャンではない。
この木琴の本来の姿は、異界を行き来できるシャーマニックなところにあるのだと私は直感している。
カクラバはあからさまには言わなかったが、木琴のその力を信じていた。

最後となる2005年来日には東京の私の家に泊まってくれたが、その時には、「井戸の周りに餌があれば、鳥は必ず帰ってくる。」という言葉を残した。
このアフリカの言葉はシンプルで意味の深い言葉だと私は思う。

*カクラバ・ロビについて*
カクラバ・ロビは、国際的にもアフリカンザイロフォンコギリの稀有な名演奏家であり、私にとっての尊敬すべき師匠であるとともに、
アフリカ統一を願うアフリカユナイトや、マンデラ解放などのメッセージをコギリ演奏に乗せてはどこでも歌う、革命家ともいえるような人であった。
出会う前は、国立のレゴン大学やヨーロッパ、アメリカの大学で教えていた経歴から、さぞかし大変なエライ人と思っていたが、それは会ってみるとある意味まったく違った。
偉ぶるところは少しもなく、大声で冗談を飛ばし、実に気さくな人であった。住まいは生涯ニマの貧民スラムで、稼いだ金もみんな分け与えてしまうという人であった。
彼は2007年の夏に、突然の病で、67歳で煙のようにこの世を去ってしまった。

 

カクラバ・ロビ 最後の来日の記録