Improvisation & African Xylophone

 

アフリカンザイロフォンは非常にインプロヴィゼーションに適した構造を持っている。
なぜなら、ペンタトニックという音階を持っているからだ、と私は思っている。

それならなぜ、ペンタトニックがインプロヴィゼーションをやり易くしているのだろう?
それは、両手がどの音を鳴らしても、お互い合わないということが無いからだと思う。

インプロヴィゼーションをやる上で、最も必要なのは、線の上をトレースする事ではない。
湧き上がるインスピレーションをそのまま音に変えるわけだが、意識が音をトレースするスキは無い。
できれば自分の判断というものを素通りしてしまって、そのまま無形のインパクトがその場の空間を圧倒するのが私の望むところだ。

そのためには、手の動きや鍵盤の位置などの情報を脳で判断していては遅いのである。
日ごろから、目から入る情報に頼らずに、インスピレーションと音の繋がりの訓練をすることによって、はじめて可能になることだが、体感的な動作をインスピレーションと音のフォルムとが一体化することでそれは得られる。

古来アフリカンザイロフォンには、多分に脱魂のシャーマニックな使われ方が在ったのではと云う想像を、私はしている。
そこに現れ出るというよりも、その世界に投げ込まれるといった方が正確かもしれない。

その異界を、自らの木琴だけが頼りに飛行していく感覚だ。
このインプロヴィゼーションに在るのは、その瞬間的な中の実在である。日常の意識とは違った次元を持った意識世界に突入することが鍵であると確信する。
そのように為された演奏はただごとでないインパクトを聴くものに与えてくる。