slimey-admin | 2011年6月23日
No.92その時、犬治郎は一瞬わけがわからなくなった。自分の手首を思いっきりつかまれたからだ。 見ていた映像は己の事実となっていた!子供の喉笛に突きつけていた刀は屈強な僧に奪われていた。虚しく潰された握り飯の感覚までがなんとも切なく伝わった。 うわ!これは俺じゃない!?そう思っても無駄だった。犬治郎は声を上げたが何一つ聞こえてない…。 白い象の声が響いた。「さあ、ゼンザイ殿の前世中に我々は入ったぞ。すでに区別は無駄だ。これは夢まぼろしではないぞ!これが心というものの謎そのものだ。」 侍は僧に後ろ手に捻りあげられた。身体は地べたに土下座するように突っ伏した。悔恨の情と共に、心はこうなった運命を振り返った。一つ一つの出来事が思いおこされた。 「うっ、殺せ!殺して下され!」そう叫ぶのを聞き僧は力を弛めた。侍は突っ伏したまま慟哭した。己の人生のすべてがここに集約して終わろうとしていた。
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slimey-admin | 2011年6月21日
侍は薄暗い農家の納屋から太刀を突き出した。長身の侍の足下、子供は恐怖から立ったまま土間に小便を漏らしていた。侍は要求が通らなければその場で刺し殺す鬼気迫る状況が、何処かから切り出されたシネマスコープのように犬治郎らの目の前に無数に反射した。 「これがゼンザイ殿の悪行か?」「なんと卑怯な!」「ブヒ、俺たち獣にも劣る!」「要求のみを通す現代人の戦略だ!」犬治郎らは一斉に声を上げた。 「理由のいかん、何の弁解の余地もない…。」空の桟敷席から声がした。
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slimey-admin | 2011年6月20日
白象の行く手に無数の光の半球が、その一つ一つに同じ半球同士を映り込ませていた。無限に映し込む光の半球が強盗の一部始終の悪事を暴露していた。 再び誰もいない桟敷席から声がした。「俺は強盗して追い詰められ、子供を人質に納屋に立てこもった…。空腹から握り飯に手を延ばしその手を屈強な僧に掴まれた事がある…。恥ずかしくも隠しようのない前世の悪事だ。」その鬼気迫る場面が犬治郎らの前に無数に反射して、犬治郎は卒倒しそうになった。 瓢箪のせいで犬治郎らも自らの前世の千年紀の鮮明な記憶が暴露され他人事では無かった。誰もここでまともに目を開けていられなかった。
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slimey-admin | 2011年6月18日
No.89「千年紀とは魂の千年でもっとも自分の犯した重い罪を推し量る儀式だ。」白象が言った。「なんと!悪を自ら乗り越える事なのか?」犬治郎が立ち上がり言った。「そうだ、自分の犯す過ちを乗り越えられてはじめて世界も千年紀を越える。」白象が笑った。千年紀とは人間にとって一つの越えるべき柵であった。 誰も居ない桟敷席から声がした。「人間道徳を超える事は生半では出来ることではない。其れこそ命がけでなければ掴めぬ。ここに隠しておきたい事件が現れる…。」ゼンザイの声がした望むところであると犬治郎は心を正した。
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slimey-admin | 2011年6月16日
No.88「すでに俺たちはすべてお見通しらしい。この状態でな!」犬治郎は突然そう言った。すると長老が口を開いた。「ああ、その通りじゃ、起こっている事がすべてお見通しじゃ。」 「ブヒ、おい、今、強盗がここにやって来るぞ!幼い子供を人質に納屋に立てこもる…。何てこった!俺の目の前にすでに幻影が見えている!吐き気がしてくるぜ。ブヒン」土ブタは向き直って言った。 「俺に見えるその強盗はゼンザイさんだ…?!信じられない!間違いでしょう?」鹿男が言った。 「いや、それは以前に事実あった事だ…。」そこには居ないゼンザイの声が響いた。
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slimey-admin | 2011年6月14日
No.87「暗黒が在る…?」犬治郎が言った。「すべて概念のまま存在している。」白象の言葉が暗闇に響いた。 しばらくすると心地良い冷たい気流が象の背に感じられてきた。地平線が僅かにウルトラマリンブルーに明けてきた。 「さあて、いよいよ千年紀に踏み入るぞ!いろいろ起こるが、すべて幻ではない。既に起こった事とこれから起こりうる事だが驚く事はない。これはアカシックレコードだ。」 「起こる前から記録されている?!こんな事が可能なのか?」鹿男が訝しく周囲を見回した。明けるサバンナの広がりが明るさを増してきた。 「ブヒ、観るだけだってことか。何だい?千年紀って?」土ブタは揺られながら今来た背後の闇が気になっていた。
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slimey-admin | 2011年6月9日
No.86真っ暗闇を進むとあたりはますます玄となった。玄とは黒のまた黒のことだ。辺り一帯の見当が付かず鼻をつままれてもまったく分からない闇となった。 側にいる土ブタも長老も鹿男も犬治郎もお互いまったく薄っすらとも見えない。 「おい、土ブタ。何にもまったく見えないが、お前はどうだ?」「ブヒン、俺もだぜ旦那、闇でもこれは今までにないぜ」 「ここまで真っ暗闇とは光の無い世じゃろう。聞いた事もない、どこなんじゃ?」長老が言った。 「ここは境界面だ。間もなく抜けて一同驚かれるだろう」白い象の声が直に伝わってきた。 「闇ぐらいで驚くに値しないよ。空間に闇が実在しているからだ!無いんじゃない、闇が実在しているんだ!」鹿男の上ずった声が響いた。 「すると君は反対側が在ると?!」犬治郎の声が言った。
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slimey-admin | 2011年6月6日
「これから俺が行くところは予言者の世界だ。まだ起こらぬ事が目の前に起こるじゃろう。幽閉された者の観る世界は恐ろしいぞ。」白い象は犬治郎らを乗せてゆっくり立ち上がった。 「おお、そう言えるのは浦島太郎お一人じゃ、おぬしは浦島の魂の変容じゃな?」長老は静かに驚き言った。 「いかにも。俺の身は幽閉されるも、魂魄は白象となりて幽界を彷徨う者と変わり果てた。」そう言いおわるとターンして白い象はおもむろに闇に歩みを踏み入れていった。 「わくわくしてくるぞ、土ブタ。」「ブヒ、まだ見ぬ未来も過ぎた過去も俺は今に生きる信条だ。旦那のお供なら仕方ねえ。」
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slimey-admin | 2011年6月5日
No.84「浦島太郎とは誰なんだ?何故ここに幽閉されているのだ?」犬治郎が一歩も引かぬ態度で白い象の前に立ちはだかり問いを発した。「…。」白い象は沈黙していた。 目を瞑り瓢箪を握りしめていた鹿男が割って入った。「うらしまたろう…、占部の舞い男の子の事だよ…。男の巫女、つまり予言者の事だと思う。頭に誰かの声が響いた…。」「ブヒ、予言者か?!」「乙姫の予言者なのじゃな?」長老が納得した様に大きく頷いた。 「ぬ、貴様達はただの人間では無いな…。わしの背に乗れ!幽界を案内しよう。」白い象は大きな象牙を犬治郎らの目の前に降ろしてきた。
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slimey-admin | 2011年6月3日
漆黒の闇からぬうっと浮かぶ白い象が犬治郎に見えた。神聖と恐怖がいっぺんに犬治郎に押し寄せた。しんと静まる闇から威ある眼が犬治郎を見据えていた。 「この門を通ることは罷りならん。」犬治郎は軽く会釈をすると白い象に言った。「何故です?」象は闇から幽玄なる半身を見せた。「ここは虚の世界だ。畏れ多くも人間の来るところでは無いぞ。帰れ!」 「浦島太郎が来たと聞いてますが。」鹿男が口をはさんだ。 「浦島?…其処に囚われておる。楼閣の三階にな。死ぬに死ねぬ老いをさらして苦の権化じゃ。今も其処につながれておる。」白い象は巨大な鼻を振った。「やっぱりそうか!悲哀がここを充していた。」鹿男は声を上げた。 「浦島が?!ここに?」犬治郎は空を見上げた。
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