No.133 第四章 秘刀松王丸
slimey-admin | 2011年11月10日
No.133犬之介は空を十文字に切り祓い、鞘に納めた。いまだかって何も無い、神聖な気持が世界を貫いていた。始まりも無ければ、終わりも無い世界に、犬之介は来てしまったと思った。 一直線に切り結んだ、交点の遥かには、強烈な輝きとともに新星が生じていた…。 その後、下総の国一宮香取神宮に、秘刀松王丸が、犬之介夫妻により納められた事は、知る者すらもういない。「他人の不幸は… 」第二部 終わり
slimey-admin | 2011年11月10日
No.133犬之介は空を十文字に切り祓い、鞘に納めた。いまだかって何も無い、神聖な気持が世界を貫いていた。始まりも無ければ、終わりも無い世界に、犬之介は来てしまったと思った。 一直線に切り結んだ、交点の遥かには、強烈な輝きとともに新星が生じていた…。 その後、下総の国一宮香取神宮に、秘刀松王丸が、犬之介夫妻により納められた事は、知る者すらもういない。「他人の不幸は… 」第二部 終わり
slimey-admin | 2011年11月8日
No.132松王丸の刀身に白い波頭が砕け、そこに海原が見える。なんとも不思議なことだ。その海は、原初の単純と神聖さを辺りにひろめるのだ。一振りの太刀からこのようなことが起こるのをいったい誰が考えられよう。一同は皆深い呼吸をするように輝く松王丸の海に見入り、これ以上ない安堵の気持ちがわいた。 寅吉は、鼻で息を勢いよく吸い、言った。「なんと不可思議なものだ…。目の前に海を望みながら、その海よりもよほど本物だ。波頭が一つの大きな銀色の輝きに見えた細かい波が、水平に光を切り裂き、根こそぎ何もかも救済される…。犬之介、これは驚きだ。」 「可可可可可!茫洋、茫洋。」声高らかに国安仙人が大笑した。
slimey-admin | 2011年11月4日
No.131するりと松王丸が抜けるとあたり一面の気が一変した。かって経験したことのない軽やかさが身体に溢れ、世界を突き抜ける言い知れぬ何かを犬之介は得た。 「おおっ!抜いたか!」国安仙人は驚きの声を上げた。那緒をはじめ、寅吉まで目の覚めるような不思議な気持ちになった。「この世界を一枚抜け出たような心持ちはいったいなんでしょう?」 「それこそ松王丸の威力じゃ。」「これはただ事でないね、この不思議な気分は理知の上にあると云う、高みに違いない。隠されていた言い伝えの通りだ。有難い神霊のおすそ分けだ。」側に来て、寅吉が松王丸をしげしげと眺めて言った。
slimey-admin | 2011年11月1日
No.130松原に一陣の風が立った。神々の姿は霞がかかると、夢のように消えた。土俵を見下ろすように旋回していたトビの飛行は上昇気流に舞い上がり、高くそのままの形をとどめていた。 「秘刀松王丸を手に入れたな。」国安仙人が顔をシワだらけにして微笑んだ。「この太刀は持つ者をどんなときにも夜叉悪鬼からも護ってくれる…。ただし、鞘から抜くことが出来ればだがな、悪いことに今まで誰も抜いたものがおらん…。」国安仙人に目を合わせたまま、犬之介は松王丸の柄に手を掛け、ゆっくりとこいくちを切り、刀を引いた。 御来光の如く、はがねの鈍い輝きが辺りに広がり、スルスルと犬之介の目の前に刀身が現れた。
slimey-admin | 2011年10月29日
No.129相撲は終わってしまえばそれまでである。黒い力士はのっそり起き上がると、自分のおごりが原因だった事に気づき、バツが悪そうに言った。 「本来貴様などに俺が負ける訳がない、そう思ったのが敗因だ。おごりこそが俺の最大の弱さだったとはな…、恐ろしい事だ。約束だ、太刀を受け取れ。」そう言い土俵に一礼すると大きくきゅびすを返し、不敗を誇った力士は花道を一歩一歩引き揚げた。神々は再びどよめいた。
slimey-admin | 2011年10月27日
No.128同体かに見えた瞬間、犬之介の体は十分にしなり倒れずにいた。黒い力士の巨体は、遥か土俵を割ってぶち飛んでいた。 「凄いうっちゃりだ!」寅吉が思わず叫んだ。「微妙…、ワシは居反りを取る。」国安仙人は目を細めた。 それほど技は鮮やかに決まった。取り巻く神々から大きなどよめきが湧き起こった。 余談だが、69連勝序盤にあった双葉山は、その頃まだ体ができ上がっておらず、決まり手に逆転技であるうっちゃりが多かったことから「うっちゃり双葉」のあだ名がつけられていたが、居反りを取れば、より珍しい大技である。 犬之介は夢中忘我の境にあった。
slimey-admin | 2011年10月20日
No.127まわしを引きつけると、ぐぐっと身体が相手にめり込む感じがした。目の前は肉に覆われて窒息状態になった。犬之介は、なおもまわしを引き、死んでもこのまわしだけは離すまいと堪えた。 しかし巨漢の前進に、ズルズルと土俵際まで滑り、俵に足が掛かった! 犬之介の身体がバネのように反り返った。誰の目にも犬之介の負けはほとんど決まったかに見えた。 押し倒れるわずか寸前に、黒い力士の巨体が宙に浮いた!「うおーっ!?」神々は一斉に驚嘆の声を上げた。そのまま黒い巨体は宙に発射され、空間に飛び出ていた…。
slimey-admin | 2011年10月14日
No.126軍配が返った…。目の前の黒い小山のような塊はゆっくりと立ち上がり、凶暴な目と歯だけが犬之介に襲い掛かってきた。 その不気味さは、立ち合いを当たる前から絶体絶命の終わりのドラマにすり替えていた。…ぶち当たる前にどうしたことだ?犬之介には急にここですべてが終わったかに思えた。 「おい!何もまだ終わっちゃいないぜ!」瞬間に弁天の言葉を思い出し力がみなぎった。「何も終わっちゃいない!!」咄嗟に強く念じ返し小山に猛烈な力で当たり、下手を取るとがっぷり組みついた。
slimey-admin | 2011年10月12日
No.125両者、仕切りを重ね凄まじく睨み合ううち、犬之介の怒りは白熱し純化して武者震いとなり、思わぬほど遠くまでも空気を震撼させた。 一歩も引けを取らぬその気迫はますます弾けるような猛烈な気魂となり、地獄の亡者どもまでが固唾をのんでこの仕切りを見守った。 「闘争心もここまでくると面白いものじゃ…。犬之介もどうしてどうして、やるわい。」国安仙人はじっくりと仕切りに見入った。
slimey-admin | 2011年10月10日
No.124深い仕切りに入り、相手の目と火花の散る視線を交わし、犬之介は突然として分かった。なぜ太刀が夢枕に現れたのかを…。…もともとの持ち主から略奪されている…。太刀は魂を持つと言われている…。 太刀は略奪され、守護霊までもがすり替えられているぞ!それを太刀が自らの沈黙の思念でここまで動かしてきたのだ。 何者とも言わぬ力が、犬之介の両肩にズシンと乗った。この大一番の、大きな意味が有るのを噛み締めると同時に、前世の記憶は唐突に解放された。「あの太刀は私のものだ!」 犬之介は腹の奥から溶岩のような怒りと闘争心が噴き上がってくるのを感じた。夜叉に恐怖を感じた日常の自分はとうに何処かに消え去っていた。今の今、忌むべき最悪の男が真正面に立ちはだかっていた! 行司の軍配だけが止まった時間を仕切るように両者の間を動いた。