コギリスピーカー モニターシングルを載せました。
このモニターシングルは、チボリオーディオの初期コンセプトに近い考えを持っているような気がします。フルレンジ一発の潔さは、ひょうたんの音響特性の良さと相まって、実に実用的な取り回しの良いひょうたんスピーカーとなっています。

モニターとしての割りきりが、よりIpodを一段と使いやすくしています。
価格もちょうどモニターステレオの半分、初回限定の、HPオープンの特別特価にしてあります。

HYOTANYAの新しいひょうたんコギリスピーカーのラインナップに、ミニモニタースピーカーが加わる。
略して「ミニモニ」?

ひょうたんスピーカーだが、以前から、じか挿しシングルもあっていいのではと思っていた。Ipodでの、モニターとしての使い方だ。
いろいろ用途が有るが、
まずは、アフリカンザイロフォンのコギリの稽古中に、ビデオ確認したい時などに使ってみた。実に便利なものである。

シングルでそのままジャックイン。
アンプ無しですぐに音が出る。映像を確認しながら自分の叩く音も聞こえる。両方の音が開放的に聞こえる。これは便利だ!ヘッドフォンでは自分の音が聞き取りにくく、これが解消できた!
日々の稽古などの確認は、手軽で軽快さが命である。
シングルの方がよいという時が結構あるのだ。
まもなく登場。

ひょうたんコギリスピーカーの、音質向上の大きな発見が有ったため、HYOTANYAのラインナップを近日中に大幅に改編します。
勝手ながらご了承ください。

N氏流JAZZ-AUDIO掲示板」にも少し書いたのですが、
ひょっとしたらと気になって、スピーカーをよりコギリの仕様に近づけただけなのですが‥。
まあ、大きく違ってきました。音は伸び、バランスも非常によい!
なによりも低音が見違えるようです。それも、まったく驚くような音質の向上です。
断っておきますが改変前が悪いわけではありません、むしろかなりな音質だと自負しておりました‥。
コギリに底知れないものを感じます。
見かけ上はそれほどの変化を感じさせませんが、
ぜひ一度新しくなるコギリスピーカーの音を聞いてみてください。
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毎年楽しみにしているバンドがある。
ローカルな話題で恐縮だが、小金井公園でおこなわれる「お月見の会」でのビックバンドジャズだ。
「タマドリームジャズオーケストラ」である。このバンドは今年88歳になるテナー奏者や、シナトラ風を得意とする熟年ボーカリストがいる。
生バンドならではのMCのおもしろさと、内容のとてつもなさが魅力である。
「夜霧よ今夜も有難う」を英語で歌うセンスだ。
この味わいはちょっと無い。CDが有れば、ひょうたんコギリスピーカーで聞いてみたいバンドの一つだ。
年追うごとに、そのよれたアンサンブルに妙な魅力が増し、天然の面白さが噴出する。
このバンドの一年後の無事を祈る!

コギリスピーカーのユニットにTangBand(タングバンド)のW3-315SEを付けてみた。
芯のあるしっかりした音質でかなりいいようだ。
しかし重さがあるので、取り付け部は慎重に処理した。

このコギリスピーカーでいろいろ聞き比べてみた。
カクラバ・ロビのコギリの音はリアルだ!のびやかで尾を引くような感じに聞こえる。昔のへたなジャズ喫茶を超えている。
ジャズの名盤、ライオネル・ハンプトン(Lionel Hampton)の「スターダスト」は、プレーヤーの息遣いから、楽器の残り香のような響きまでが再現されて驚いた。
なんと言っていいのだろう?!楽器の音色というよりも、そのプレーヤーの楽器の個性までが再現されている!
臨場感というよりも、目をつぶるとそこに空気感のある別次元が出現してくるのが凄い。
逆に苦手そうな、マイク・オールドフィールド(Mike Oldfield)「チューブラベルズ3」を聴くと、返って音色の美しさとともに、ギターの細かい個性までが浮き上がってきた!
さすがに音圧的にはロックシンフォニーとして100ヘルツ以下あたりからはなんとなく不足気味だが、目の前の開放感の有る音世界は別次元を開いてくれる!
ぜひ一度、このユニットのコギリスピーカーの異次元を試してみて欲しい。

つづき

コギリスピーカーを引き続き視聴した。
今度はスアールアグンのCDだ。インドネシア、バリ島のジェゴクである。
低く唸り揺らぐような時空の真っ只中に放り出された感じに驚く!

これも、ライブ演奏をを聞いているが、その時にはあまりの凄さに気持ちが悪くなり、演奏中にもかかわらず外に出たライブだ。
コギリスピーカーによる再現で、あの時の気持ち悪さまでが甦ってきた!
音がどうのというよりも空間がへし曲がるような感覚が強烈に再現されてる‥。
あまりのことに音量を絞ってしまった。
恐るべしコギリスピーカー‥。

これで、コギリスピーカーについて書くことが十番目となったので、
締めで、「ひょうたんスピーカー十番勝負」とした。
どれほど書いたところで、「百聞は一見にしかず」、いやいや「百聞は一聴にしかず」、ぜひぜひ機会があれば聴いてみてほしい。
つづき

このところコギリスピーカーの視聴を重ねている。
今日は又発見が有った!

たとえば、アジャ・アディの「メデスンマン」というCD。
パンロゴの定番CDに属する。
アフリカンパーカッションの中でもパンロゴの音は、一長一短、満足に再現された例が少ない。
スピーカーにとっては難題のCDの一枚である。
コギリスピーカーのLで視聴。
アンプは、あえて非力なサンスイのマルチメディア用を組み直した自作だ。
コギリスピーカーでは、今までヘッドホンにも聞こえなかったアジャの声が聞き取れる!
超絶の細かい叩き分けが空間を形成している!アジャのあまりの音出しの多彩さにあらためて舌を巻いた。
まったく忘れていた十数年前のアジャのライブが、目の前によみがえって来た。
たかがスピーカーとは言えない‥。

またもつづく
つづき

ひょうたんスピーカーは、だいたいがぶらさげるスタイルだ。
もちろんコギリスピーカーも、もともと鍵盤の下にぶらさがる。
これがイイのだ。
なんとなく力が抜ける。
ひょうたんはぶらさがって生るのだから無理が無い。

上のほうから音が降って来るのは、なんともいえず気持ちがいい。
スピーカーが視角から消えているというのがまたイイのだ。
とくに、ソファにゆったりくつろいで座り、後寄り上空左右に振り分けたコギリスピーカーから、音が細かくシャワーのように降り注ぐ経験はちょっとした驚きだ。
誰でも本物のシャワー以上に気持ちをリフレッシュできる。

この音のスタイルは一度味わうと病みつきになる。
音量もそんないらない。
何かがやわらかくすっと染み込んでくる。

まだつづく?
つづき

コギリスピーカーを撮影のために庭の木に下げてみた。
秋空に風に吹かれてなんとも気持ちよさそうだ。
ひょうたんというのは、なんとこんな風景が良く似合うのだろう。

いろいろコギリスピーカーについて書いてきたが、もっとも言いたいことはコーヒーに香りが有るように、自然の発する音には空気が有るという事だ。
この感覚を味わえることは優秀なスピーカーの目安でも有る。
もしコギリスピーカーを入手された場合は、
細かいこと抜きに、感覚を研ぎ澄ましてここを聴いて欲しい。
これに気がつくだけで、不思議と無上の喜びが湧いてくる。
良いスピーカーとは、あたかもそこにスピーカーそのものが存在しないかのようになるのである。

つづく?
つづき

コギリスピーカーの特徴と言えば、そのまんまコギリの増幅のひょうたんということだ。
ひょうたんのスピーカーとはここが違う。

良くも悪くも自然のスピーカーそのものである。
あらためて、そこで音というものに深い考察をせざるを得ない。
その結果、コギリには考えられない複合的な要素があることが判る。
一つには、コギリが現地ロビ族では、葬式になくてはならないものであることからも判る。
端的に言えば、音からすべてを現前化させるほどの、音の世界があることだ。

コギリという楽器が、どれほど完成されたものか今更ながらに思う。
鍵盤の音をひょうたんが増幅して響かせるのであるが、そのための工夫が、想像以上に随所にあることが、スピーカーを作ると判る。
昔カクラバに教わったことが今ごろになって納得できたこともあった。

音による再現は、あるレベルを超えると凄いものがある。
有っても無くても、音の世界がリアルさを得て、そのまんま目の前に立ち現れてくるからだ。
スピーカーのリアルさ、
これを、イイ音とかへちまとかでは済ませられない。

もう少しつづく