21
Nov
2009
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エッセイ
やるやるといいつつまだ皆目手が付かないでいることがある。
やりたい気持ちが出ると思うと出てこないのだ。
なんとなくはある。
植物の話を考えているのだがまだまとまらない。
いや、連載を中途にしている小説「
ネダイエレナ ミリンナボン」の第二部だ。
いやいや、第三部になるか、ならぬかも分からぬ状態だが。
漠然としたものはそこまでやってきているのだが‥。
一本の木にしろ、
植物ほど身近だがよく分からぬものも無いものだ。そもそも植物などという分類もまったくおかしなものだと思っているのであるのだが‥。
もっとも、私の荒唐無稽なアプローチでの話である。
18
Nov
2009
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エッセイ
私は今日GOMEを完成させた。
これで2台目のGOMEになる。
ところでGOMEという太鼓をご存知だろうか?
GOMEはイスのようにそこに腰掛けて叩く。
ガーナのパンロゴアンサンブルで使う箱型のスクエアドラムである。
この太鼓は、主にベースパートを受け持つのだが、それだけではない。
パンロゴとからみ、ときには独奏でかかとでミュートや音程を変化させたり、まあとんでもなく多彩な凄いドラムだが、日本では認識が薄く叩けるものもごく少数だ。
このGOME、伝説もふるっていてガーナを出ると400年をかけて世界を巡り帰って来た太鼓だといわれている。その間ガーナを留守にしていたのである。
ちまたではスクエアドラムとしてカホンが流行っているらしいが、こちらはアンティロープ皮張りの本格派ドラムだし演奏も難しい。しかしそこには多彩なリズム表現と音色がある凄いドラムなのである。
参照
「きょうの」
17
Nov
2009
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エッセイ
去年移植した柚子の木だが、根ずかず涸れたまま1年半以上が経った。
移植前、苗木から20年あまりのうちで一番の柚子の出来で、今思えばバケツ3杯ほどの収穫が有ったのがうそのようである。
根元がぐらぐらするので、少し押してみるとなんなく曲がる、これはもう根がだめではないかと思い倒した。
根の中心部は蟻の巣になっており、巣の断面が露出して蟻が大騒ぎして出てきた。
しかし、よく見ると若いひげ根がところどころに有り、移植後葉も出さなかったが、根は確実に着いていたのだ!
移植自体が失敗していたと思ったが違った。
今年の長雨中蟻の出入りは気になっていたが、まさかこの様とは。
少しの後悔はあったが、諦めがついた、根は着いていたのだ‥。
何か葉も出ない柚子の木を誤解していた自分を恥じるとともに、柚子の幹をずっと残すことに決めた。
「ロビ族の階段」として。
私はその場所に今日オリーブの苗木を植えた。
31
Oct
2009
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エッセイ
明日、11月1日は私の父の誕生日です。今年の1月25日に82歳で亡くなってしまったのですが、少しずつ月日が立つにつれて何処かにいるような気がしてくるのが不思議です。もっともこの世に居るという感じではありません、「どこか」なのです。「どこか」というのが何処なのかはまったく判らないのですが、その存在が「どこか」に有る感じは自分の希望的な思い込みだけでは無いようです。
人の一生というのは、人間が捉える以上の「なにか」が有るよう最近ゆったりと思えてきました。
老子曰く「玄のまた玄」、黒の黒からみれば、黒も又白に見えるということが、とんでもなく永い茫洋とした中に現れては消えるようです。
「今は亡きおやじ、誕生日おめでとう」
12
Oct
2009
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エッセイ
あるところから、漢方で使う、鉱物や、木片、植物、樹脂、その他得体の知れないものなどをなど、一箱、平たい箱に入った状態で入手した。
だれも買い手がつかないので格安だった。
またもや、売り手はDJANGO EpidemicことKさんだ。
気がついたら自分の足元に置かれ、何人かの人か興味深そうに見に来た。
だが、しかし‥、このようなもの買ってどうするの?
まあどうするわけでもない‥。
紫檀、ベンジャミン、鍾乳石、などと書かれているものもある。
薄茶に変色した、何処ぞの国のまるで読めない文字の印刷物に包まれているものもある。
植物とも何かのミイラともつかない人参の根のようなものもある!?
しかし、さっぱり解らない‥。
これは、何かスルメのようだ!が、よく見ると吸盤は無い。何だ?
この、黒い紀元前のウンコのようなものは何だ?誰のクソなんだ?
いや、‥詳しく観察すると、枝のようなものが芯に有るぞ?
ああ、解らん!
きっと、もともと訳のわからないものが好きなのだ‥。
05
Oct
2009
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エッセイ
去年54歳で亡くなった、Sさんの追悼の会でライブ追悼演奏をした。
Sさんの幅広い音楽への造詣の深さは知っていたが、その帰りに、あるノートを手渡された。小部数刷ったSさんのブログということだ。
生前、ある友人とブログで語ったものが印刷物として手渡されたのだ。
「形あるものを残すことをしない人だったが、残したかった。」と、それを出版した友人が述べていた。
そのブログは、亡くなる2年ほど前からのクラッシック音楽についてのその友人とのやり取りで、CD購入などについてや、これを聴けなどの軽い語りであったが、おりおりのSさんの音楽に対するピュアな心情が伝わる良いものであった。
「立つ鳥跡を残さず」という言葉があるが、風とともに僅かに水面に波紋が広がる思いがして、Sさんのさわやかな遺影を思い出した。
23
Sep
2009
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エッセイ
今日、23日はお彼岸だ。
午前中、家でひょうたんスピーカーの磨きを手がけようとしていると、
天才的コギリストのソーイチマから電話が入った。
暇なら、上野でも行って恐竜でも見ないか、という誘いだった。
仕事途中のこともあり、一度は断ったものの、アキバにコギリスピーカーユニットの買出しもある事を思い出した。
すぐに、電話を折り返し、両方の家族で行くこととなったのだ。
途中、通りがかる谷中で食事をしようということになり、
まったく思いもよらないことから、山岡鉄舟と、三遊亭圓朝の墓の有る、谷中全生庵を訪れ、偶然にも手を合わせることが出来た。
一体私らは、どのようなご縁で結ばれるのか?
この両人は、私にとっては、常日頃から尊敬に値する人物である。
すごいお参りとなった。
谷中見物で時間を取られ過ぎて、恐竜は又の機会へと流れた‥。
わるいなあ‥!ソーちゃんありがとう!
27
Jul
2009
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エッセイ
小学生の頃を思い出して、数十年前と今では恐ろしく変わってしまっています。
いまどき、大らかに集団で喧嘩などしても大変な事件として扱われてしまうでしょうね。
大人でもそろそろ定年を迎えるわれわれの年代は、今の日本とは異質な世界で成長してきました。このような環境で育った者は、何よりも自由な空気を一番大事に思うのです。
勝ったり負けたりするのは時の運ですが、戦いというのは、憎しみや損得だけでは網羅しきれない何か不思議な高揚する気分があります。誤解を恐れずに言えば、それを通してすべてを磨けた小学生時代だったように思えます。
24
Jul
2009
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エッセイ
小中学生の頃戦争がひんぱんに起こった。そう言っても受験戦争でも大人の戦争でもありません‥。
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23
Jul
2009
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エッセイ
皆既日食の記憶というと、はっきりしないがかすかに頭の隅に残っています。計算してみるとまだ十二歳ぐらい頃なんだなあ…。
準備段階で、板ガラスに仏壇の蝋燭を借りて煤をつけてみました、しかし、本当に真っ黒けでこんなもので本当に見えるのだろうかと思いました。それで早速実験。日頃見たことのない太陽の小ささにびっくりしたことを思い出しました。
そんなことで肝心の皆既日食の方は脳裏からすっかり消えていますが、その当時の雰囲気というものを如実に思い出しました。
どこかあっけらかんと明るくて、世の中が軽い質量であった気がします。太陽や天体にしても、日頃から虫眼鏡を使って火を着けたり、日光写真などで印画紙を焼き込んだり、太陽とは付き合いも身近でしたね。
遊びと言えばアウトドアでしたからね。木の又の上に小屋を掛けたり、
筏を組んで沼に出たり、防空壕探検したり、焚火したり。
あ、そうです、日食中虫眼鏡で投影された太陽が欠けてゆくのを思いだしました!
こんな記憶をほじくりだしたのも46年ぶりかも知れませんね。
目的そのものが日々楽しい事の連続でした。
あの頃と比較するとあらゆるすべて、皆既日食も何か質量が重すぎる気がしますね。
何か重いものにへばりつかれて宇宙は重い方にすべてが進んでいるのでしょうか?
重い?
つまり自分が熟れてしまったのでしょうか…。
いえいえ、違います。
適当な名前ですが中年少年組として、今の世の中の方がつまらない方に軍配を上げます!