「なくしたものは。」No.1

| 2010年1月21日

庭の桜の木に梯子をかけて、善太は枝打ちをしていた。 空は抜けるように高い。一段一段慎重に足を運び、てっ辺の太い枝を切り終わった時だった。 突然、肩に何かが乗った感じがして振り返ろうとした、それから後何も思い出せない。 気がついてみると救急車で都心のT病院に搬送されていた。 いったい自分はどうなってしまったのだろう?こんなことは今まで一度もなかった。 その時の状況を聞くところによると、自分は十数年前に亡くなった筈の父の死を知らなかったらしい。 「お父さんはもう、亡くなっているのよ。」妻は何度も言った。 「だからね、亡くなっているのよ。忘れちゃってるの?やっぱりあなたおかしいわ、今、私、救急車呼ぶから。」 「ご主人、この時間を探しても見つかりませんよ、この際、きっぱりとなくしたものとして、詮索は止めにして、生きてゆきましょう。ええ、よくあることなんですよ、こういうことはね。」医者がこちらを見ずに言った。 「俺は、どうなったのだ?記憶喪失って、俺にそんなことが起こったのか?信じられん。」善太は首を横に振った。

ネダイエレナ ミリンナボン(他人の不幸は…)掲載再開について

| 2009年8月3日

「ネダイエレナ ミリンナボン(他人の不幸は…)」は、今まで不定期にも連載を続けてまいりましたが、この度、こちらに移転いたしました。 リトアク書庫に今までのNo.1~No.78までは移動するつもりですが、HP移動の都合上ただいま見えなくなっております。いましばらくお待ちください。 物語は新ステージからのスタートになりますので、当面前後関係無しにもお読みいただけると思います。 今後も不定期ながら連載していくつもりですのでよろしくお願いします。(作者)

私のアフリカ音楽と日本1「アメリカの音楽精霊」

| 2008年10月14日

パンロゴクラブの解散を行なって痛感するのは、今の日本では、アフリカ伝統音楽がジャンルにもならない弱小であることだ。 狭い日本の中で、誰がどうとか、へちまとかは、あまり建設的ではない。 せめて西アフリカ東アフリカを含め、まだアフリカの括りがある意味有ればいいのだが…。 われわれ日本人には、クンタキンテのごとくに“深いルーツ”を抜きにしては、アフリカ音楽の精霊と出会いえない経緯が在るのだ…。 伝統音楽は、民族に根ざして出来上がったものである。 アフリカの伝統的なアンサンブルというのは、民族が違えば違ってくるのである。 しかし、われわれはその括りからはもっとも自由な立場である。 何故ならアフリカですらない他民族であるからである。 何故われわれは他の民族の音楽をやるのであろう? 何故そのような不思議な事が起っているのか? 思い当たる事を書いてみたい。 20世紀になって、アメリカで黒人音楽をベースにしたジャズやロックが広範囲に認知されはじめて、現代の音楽という分野自体があらゆる意味において驚異的な発展をしたからである。 1945年、日本では敗戦をきっかけにしてアメリカから、進駐軍とともに生のジャズやポップスが恐ろしい鮮度をもって日本になだれ込んできた。 何故アメリカのジャズ、ポップスがこれほどまでに庶民の底辺まで浸透したのか? 無条件降服の玉音放送の天皇陛下のお言葉とともに、日本のすべてが刷新されたのは、ラジオ放送で行なわれた。 ラジオは誰もが聞く事が出来た。 われわれの音楽の文明開化はここに始まると、私には思える。 アメリカの音楽、ジャズは黒人奴隷貿易の歴史とは、切っても切り離せないものである。 黒人奴隷貿易から奴隷解放へのアメリカの歴史とともに、黒人奴隷達の祖国西アフリカのリズムと音楽は、そのままの強い生命力でアメリカの歴史を生き残った。 そしてアメリカ合衆国という移民の国で、黒人の音楽はとてつもなく大きくシェイクされ、ミックスされ、アメリカの音楽精霊となったのだ。 黒人音楽だけではない、モダンジャズの誕生にはクラシック音楽との混交、ブルーノートジャズのレーベル誕生など、ナチを逃れアメリカに亡命したユダヤ人のセンスも大きく入り交じった。 いいも悪いも人種が交じり、音楽も急激に交じりあったのだ。 これらの音楽は、偶然なにげなく生まれてきたものでは無い。 奴隷貿易、戦争の悲惨で過酷な境遇を、音楽の力でたえ抜いた人々の魂が焼き付いたものである。 言わば民族の精霊そのものが強烈にミックスされたものだ。 これは、私にはアメリカが産んだもっとも偉大なものではないだろうかと思える。 日本に目を戻そう。 日本の武神がことごとく逃げ去ったあと、進駐軍の一世風靡がダンスブームや、相次ぐビックバンドをも生み出す中、 その土壌がまだ収まらぬうちに、またも日本にアメリカから衝撃の波がやってきたのだ? ベトナム戦争である。日本はアメリカのベース基地となったのである。 ベトナム戦争とともに、ふたたびそこに強烈なアメリカ兵士の生なロック音楽とサイケなドラッグミュージックが、私達にFENと深夜放送で強烈に叩き込まれてきた。 そのとき受験生どもは、深夜放送でそのアンテナをそば立てて驚異を持って聞き入ったのだ。 爆撃機の編隊の向こう、世界は深く、悲惨がそこに在った。 …あたかもラジオから音楽の精霊そのものが降臨するごとくであった。 音楽の精霊というのは実にダイナミックである。 私も含め、世界中が特異な音楽の渦に巻き込まれたのである。 その渾沌の先に、遠く浮かぶアフリカを見い出す事になろうとは! つづく

座席ワラシ

| 2008年8月25日

私は、登りのJR中央線快速電車で文庫本を読んでいた。 視界左手、吊り革の端がなんとなくおかしく、 何者かが吊り革の向こうから抜け出るように現れては消える…? 又しばらくすると現れる…。 本気になって、ついに本から視点を移すと、座席の端に座る若い男であった。 私はぎょっとして男を見た。 ばかに青白い顔色だが、目を閉じてじっと座っている。 気のせいだろうと、ふたたび本に目を落とすと、右横にまた霊魂のように抜け出て来るのが見えた。 いや、何かの間違いであろうと、その隣の人を見てみた。…しかしその隣はなんとも無い。 何度見ても、実体より少しばかり影の薄い青白い男が、隣の人との間に抜け出て見えるのだ…。 変な話だが、こうはっきり見えると、こういう事もなんだかあまり驚く事では無い様な気がしてきた。 …それに周囲は誰も何ともないようなのである。 私も、「これは何ともないのだ…。」 と、無理に首をすくめて、文庫本に埋没した。